国を追われた人達

ヨーロッパで暮らしていることを実感するのが、学校で習った世界史の1コマとリンクする話題が日本と比べて、深く、そして大々的に報じられる時で、27日のニュースでは、あの忌まわしいホロコーストの悲しい遺産であるアウシュヴィッツの強制収容所が解放されてから70年を迎え、過酷な条件下で生き延びた犠牲者をはじめ、多くの人が参加されていた式典の様子が放送されていました。

アンネ・フランクのお父さん(生還者)の再婚相手の娘さんという人が、インタビューに応じている姿も映し出されていましたが、もし、彼女が生きていたらこれ位の年齢だったのかな・・・と思うと、とても悲しく胸が締め付けられてしまい、あれから70年経っても、狂気に満ちた殺戮は依然続いていて、住みかを追われて来た人達の現実を見た数日前のことを思い出しました。


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それは、バーミンガム郊外にあるオランダ領事館の前を通っていた時のことで、常々、何故こんな所に?と思っていたのもあって、出入りする人達を見ていたら、戦禍を逃れてオランダに亡命し、後に同国の国籍を取得し、より暮らしやすいイギリスに再移民して来た某国出身の人達のようでしたが、一様に表情は硬く、重たい雰囲気が漂っていました。(オランダでは、この某国の難民を出身国(未だ危険な状態)に戻す法案が、じわりと施行されているようです)

戦争や社会的混乱といった耐え難い困難に遭うこともなく育ち、何かあったら自分の国に戻れるという私には、想像に及ばないような壮絶な人生を送って来たであろう人達の姿を傍観することしかできなかったけど、心穏やかに暮らせる日が、彼らに1日も早くやって来れば良いなと思いました。


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話は戻って、時折吹雪く、暗く寒々としたアウシュヴィッツからの中継を見ながら飲んでいたお茶。そう言えばと、また思い出したのが、そのグラスを買った時のこと。

お気に入りのチャリティーショップでボランティアをしている、顔なじみのおじいさん(Pさん:80代))が、「オマエさんが好きそうな物が入ったよ」と教えてくれ即決したシロモノで、会計後に、割れないように新聞紙とテープを使ってしゃしゃり出て梱包していたら、「気に障ったら悪いけど1つ訊ねたい。オマエさんはどこ(国)の出身なんだ?」と。「ジャパニーズどす」と答えたら、両手をぎゅーーと握られて「おお!だから、とても繊細(日本標準値では、ガサツ系確定ですが・・・012.gif)なんだね」と言われポカーン?!としていたら、続けて「穏やかで知恵があり辛抱強くもあるよな。ワシは好きじゃよ」とべた褒め・・・ん???もしかして、これは口説かれているのか?!なーんて、一瞬自惚れてしまったのもつかの間「日本人・・・ありがとう」確かに、彼はそう言ってしばらく目を閉じて手を放しましたが、数ポンドの買い物で、こんなに感謝されるとは^^;と、かなり謎なまま帰宅。

それから数ヶ月後、ひょんなことから彼がナチスの迫害から逃れて、最終的にイギリスに移住できたユダヤ系リトアニア人であることを知り、あの時の反応はもしかすると、命のビザとも関係しているのかなと思ったけど、Pさんの心の奥深くで静かに眠っているであろう色んな思いを考えると「そうなのかもしれない」で良いのだと。いつも、穏やかで前向きなPさんの強さを知る機会にもなりました。

バーミンガムでの暮らしの中で出会う生きた世界史や地政学は、どこまでも深く、時に、それは厳しい現実だったりもしますが、知ることで学び、考え、何かの行動に移せるようになれれば良いのかなと改めて思う1日でした。
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by bham | 2015-01-29 03:11 | 多文化見聞 | Trackback

英国人と結婚し、ほぼ永住確定の中西部・バーミンガムにて、日々の生活のあれこれを綴っています。 << Copyright c2008-2017 Oh,Brummie!. All rights reserved. >>


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